最近なんかうちの会社でも「とにかくFacebookページを作ろうぜ」的な的外れな議論が起こってほんわかしながら働いております。

そんななか、よく議論になるのが「mixiはオワコンだ」「twitterはもう古い」「facebookは来年まで」「これからはLINEだ」といったソーシャルメディア悲喜こもごもといった話題。

(謝罪させて訂正させた例の記事。こういうことやってるとネットがオワコンになってしまうんでやめてくんないかな。せっかく面白い記事だったのに)

一応ネット企業の端くれたる当社の中には、当然この手の話題に意見を持っている方々が多いのですぐに議論が白熱して楽しいです。

一方、この私もネット業界はそんなに詳しくはないのですが、周りの熱に当てられているうちになんとなく「facebookに限界を感じる」ようになってきたので、本日はその理由を書いてみます。

別にずっと考えてきたことではなく、ふと思ったことなのでいつものように水深5㎝程度の浅さしかありませんが。


■facebookがリアルなつながりであるが故の限界


フェイスブックは彼ら自身も宣言していることではありますが、基本リアルでの友人知人関係をベースにしています。

リアルで知り合いでない人には友達申請を勝手にしてはいけませんよ、とガイドラインか何かに書いてあるらしいです。

そうなるとフェイスブックはリアルな友達が多い人(=リア充)にとっては便利なツールですが、そんなに友達のいない人にとってはなんともさびしいツールになるわけです。

まあこれは以前から言われている話。

当然これはfacebookの戦略なわけで、誰でもいいよのツイッターに対して利用目的やシーンをセグメントすることで、特定の層からは圧倒的な支持を受けて今のポジションを獲得しています。

Googleの検索や食べログなどのユーザーの集合知による評価とかよりも、自分の友達がおすすめするものはいいものだ!という感覚により、この流れが新たな口コミや評価の在り方だという風潮にもなりつつあります。

ここまではfacebookのいい話。

で、ここからが私が考えたfacebookの限界説。

つまり、結局facebookを通じてもリアル以上に人間関係が広がらないよね?ということです。

今Facebookが伸びているのは、友人同士だけで気楽に集まれるコミュニティがネット上になかったからで、リアルで手間をかけて行っていた行為がfacebookに置き換わっただけです。

メールするよりfacebookに書き込もうと。
飲み会するよりfacebookを読もうと。

まあ言いすぎですがそういうわけです。

で、さらにfacebookが伸びている理由として、上記のようにリアルでしかつながれなかったつながりというもののコストをfacebookが下げることで、昔の友人とか会社の同僚とか以前はそんなにからまなかった人ともうっすらですがつながるようになりました。

これは非常に素晴らしいことで、情報革命のあるべき形というか、フェイスブック無双というかを感じさせます。

でも、ここまでです。

リアルでうっすらともつながっていない人とはフェイスブックではつながることはありません。

facebookが方針を変えればいいだけの話ですが、彼らの最大の強みでもあるだけにそんなバカなことはしないでしょう。

つまり、facebookはあくまで既存のコミュニケーション手段をWebに置き換えることにより下がったコストで得た便益を価値として提供しているわけです。

究極的にはそれ以上でも以下でもないのかなと。


■最後はGoogle、Twitterが安定か


別にここまで書いたことはfacebookが衰退していく、という話ではなくて、ここまでしか伸びないのでは?という話です。

facebookに煩わしさを感じる自分としては、リアルの友人とのつながりはリアルでやればいいんじゃねえの?と思うわけです。

フェイスブック上の友人がおすすめしているお店があったら、ちょっと気になるという話もわかるのですが、普通にお店を探しているのであれば、周りの詳しそうな人に聞きますね。

もちろん、それがタイムライン形式で流れてくることの怠惰な感じはWebならではなので、そういう側面ではメリットも大きいのですが。

認知限界とでも申しましょうか。

リアルな友人としかつながれないということは、リアルな友人同士の枠の中でしか情報を得ることができないわけです。

それがWebのコミュニティになることによって、今までは拾うことのできなかった雑多な情報を簡単に拾うことができるようになっただけです。

それに対し、Googleやtwitterによる情報収集は無限です。

自分の知り合いでなくても、自分やその友人よりもはるかに詳しい情報を持った人の知識を閲覧することができます。

もちろんその代償として、自分に合っているかという嗜好という部分を一定程度放棄しているわけでもありますが。


ということで、facebookは友人間でのつながりや承認欲求を満たすためのコミュニティとしては非常に優秀ですが、情報媒体、メディアとしてはどうしても限界を感じてしまいます。

今後も友人間での情報のやり取りがフェイスブックやLINEなど、優秀なコミュニケーションツールの台頭によって圧倒的に便利になり、かかるコストが減っていくでしょう。

そして、それにより余った時間やコストをどこに振り向けるかというと、当然まだ見ぬ新たな情報、人間関係の獲得に向かっていくわけです。

今はフェイスブックにやられている感もあるGoogleやtwitterですが、そういう目で見ると一回りした後に、また時代の風が吹いてきますので焦らず今のままのポジションで腕を磨いていってほしいなと思います。

とりあえずググタスはもうあきらめて。



【追記】
コミュニケーションツールの利便性向上によって得た余剰なリソースを、ユーザーがどこに振り向けるかによって発展するツールが変わる気もする。

新たな情報の獲得、人間関係の構築に振り向ける ⇒ Google、twitter

既存の人間関係の深耕に振り向ける ⇒ facebook

どっちがいいとかじゃなくて、好みの話ですね。

ただリア充の人たちはよく、「英語を学べば世界中の人と話せる」みたいなことをのたまって、新たな人間関係の構築を好むので、やっぱりtwitterに戻ってくるんじゃなかろうか?

既存の人間関係の深耕っていうと要するに内輪ネタの宝庫になるわけで、それって主婦とか地方のギャルが求める領域なので、mixiの二の舞になりそうな方向性でもある。

フェイスブックが永続的に成長していくためには、このあたりのバランス感覚がきわめて難しそうですね。