今日、久々に車を運転していたらうっかり道交法違反で警察に捕まってしまいました。

罪状は、右折が許されない時間帯に右折したこと。

どうやら私が右折した道は一方通行ではないが、夜間以外は路線バス以外の車が右折で入ってはいけない道のようだった。

右折した直後にちょうど警察が待ち構えていて、車を止められる。

免許を取得して12年ほどか。
初めての違反摘発である。

その警察いわく、私は件の右折禁止の標識を見落としたそうなので、罰則は甘んじて受け入れます。

罰金7000円なり。


それにしてもよくわからないのが、警察が右折したあとの場所で検問を張っていたこと。

これは担当していた警察官自らが告白しました。

なんなんでしょうね、これ?

思うに、今回私が違反した標識の意味、保護法益はおそらく狭い道で右折しようとすると、道が渋滞するおそれがあるので、路線バス以外は禁止ですよ、という意味だと思う。

なので、法律によって守っているのはおそらく道路の円滑な運行であろう。

が、残念ながら警察は今回それを守れていない。

私が不覚にも右折しようとして、少々の待ち時間のあと右折した時点で、私の後ろには2台ほど車が並んでしまっていた。(本当に申し訳ない)

この時点で法律、条例が守るべき本当の相手を守れていないことは明らかである。


話は変わるが例えば、ストーカー被害などの対応で、よく事件として発展するまでは手が出せないし、そうなったら被害者を全力で守るというような話があるが、やはりあれは嘘だと思う。

このようなストーカーの話の時に、よくネックになるのは人的リソースの問題だ。

事件にまで発展していないストーカーまでは警察官の人員の問題で対応できないというものだ。

が、今回私が遭遇した事案はどうだろう。

どうやら検問を張っていたようなので、もともとその交差点には二人の警察官が配備されていた。

で、犯罪を未然に防いで将来の被害者を守るのが警察官の使命ではないのは明らかだ。

であれば、将来の犯罪者である私を、右折する前に止めればいい。

同じ場所に同じだけのリソースを割いていたのだ。

が、彼らはそれをしない。

警察の役目は、犯罪を防ぐことではなく、起こった犯罪の加害者を捕らえることなのだ。

犯罪がなくなると存在意義を失って一番困るのは彼らなのであろう。


これは教育機関におけるいじめの隠蔽体質と非常に似ていると思う。

警察がどのような評価制度なのか詳しくは存じ上げないが、犯罪を防ぐことは評価の対象にはならないのではないか。 

だから、犯罪が起こる瞬間を見守った後に逮捕する。

いじめと一緒だ。

いじめを解決するのではなく、隠蔽する。
なかったことにしてしまえば、評価が下がらないからだ。 

犯罪もいじめも、そこには警察や教師が興味のない被害者が残るのみである。


なんとも悲しい国、悲しい大人たちだと思う。

警察官個人個人には、おそらくそんなつもりはそれほどないのだろう。

強いて言うならシステムを疑う知性と、戦う勇気がないだけだ。

問題はシステムのほうにあるのは間違いない。

もともといろんなところで見聞きしていたこの国の持つ馬鹿なシステムだが、実際に体験してみると重みが違う。

すでに起こっているのかもしれないが、警察が目の前で起ころうとしている殺人を見逃して、その後逮捕する、といった悲しい事件が起きる前に改善していきたいと思う。