こんな記事を読みました↓
内容とは直接関係ないのですが、テレビのニュースとネットのまとめサイトなどの確執というか叩き合いは、今に始まったことではなく有史以来連綿と続くサウザンドウォーです。
なので、往々にしてテレビでネットに対する偏向報道が行われたり、ネットでテレビを否定するようなデマが流れたりといった流れを繰り返しているわけです。実に不毛ですね。
この対立、個人的にはニュースが一つの勢力に偏るのはジャーナリズムの公平性という意味でよろしくないと思うので、両雄並び立つ状態が一番良いとは思います。
しかしながら、そこに戦いが起こったら、何とかして勝ちたいと思うのは戦い続ける人の性。
せっかくなのでこの千年戦争に終止符を打ち、いずれかの勢力が勝利するための方策についてつらつらと考えてみたいと思います。
■戦いの始まりはいつからだったか
始めに、なぜテレビとネットはこれほどまでに相容れないのでしょうか?
考えてみましょう。
端的に言うと、テレビはネットの躍進により自分たちの収益である広告費を奪われたのを根に持っていて、これ以上領地を奪われない様に必死に抵抗しているのだと思います。
かつて娯楽がテレビを中心に回っていた時代に比べ、ずいぶんと余暇時間の使い方は多様化しました。その代表格がまさに槍玉に挙げられるネットなわけです。
ネットの普及と連動する形で、広告としてのテレビの価値は落ち、事実テレビに流れる広告費はずいぶんと減ってきています。
と思って調べてみたら意外と減っていませんね。
どちらかというとテレビ以外のマスメディアの方が大きく減っています。
ということはやはり、上記のように「これからもっと奪われることを恐れている」という見方は正しい感じがしますね。
まあこのようにインターネットに流れて行こうとする広告費を食い止めたいというテレビ側の大きな思いがあります。
対してネットはなぜテレビを嫌うのでしょう?
これはテレビの広告費ほどシンプルな話ではないのでしょうが、おそらく権力者に対抗するアナーキスト的感情が根源になっているのではないかと思います。
そもそもですが、ネットにはテレビの放送局のように空間を取りまとめる大会社が存在しません。
ネットを中心としてビジネスを展開したり、広告を販売する代理店はいますが、主にテレビに戦いを挑むのはこういった人たちではありません。
血気盛んな戦士となるのはネットを利用している消費者たちです。
そんなネットユーザーにとってはネット自体の空間価値が上がっても、直接に享受できるメリットはありません。
誤解を恐れず言うならば、ただ単に今でもなお儲けているテレビに嫉妬して咬みついている、という表現が当てはまるのではないでしょうか?
だって、自分たちが嫌いなだけならテレビを見なければいいのですからね。大好きなネットだけ見ていればいいのに、いたづらにネット上で批判するということはそれ以上の感情があるのだと思います。
こんな感じで、それぞれの求めるものは違えど、常日頃から相手の領地を奪うチャンスを巡って、血で血を洗う抗争を繰り広げているわけです。
■一向に進展しない不毛な争い
ところが、この戦いは決して決着しない構造的な欠陥をはらんでいます。
それは、比較的お互いの利用層がすっぱりと分かれていることです。
単純化すると、ネットは主に若者を中心に、テレビは主に高齢者を中心に普及しています。
なので、仮にネットでテレビ叩きを行って、テレビの信頼性が地に落ちるようなニュースを拡散させたとしても、もともとネットを見ていた層にしか届きません。
これは逆もしかりで、テレビで如何にネットの危険性を喧伝したところで、ネットしか見ない層には届かないのです。
この戦いは、お互いに相手の領地を奪う手段を欠き、自国の領地を守ることしかできない戦いだと言えます。
■この15年にわたる死闘に純然たる決着を
とはいえ、そんな攻め手を欠く戦いにおいて、的確に相手を攻撃する方法があります。
それは、ネットとテレビ両方を見ている中立層を取り込むことです。
前項でも「比較的」「分かれている」と書いたようにネットとテレビは、利用者が完全に分かれるわけではありません。当たり前ですが。
上図のように、ネットとテレビ両方を利用する層が今後の展開のカギを握るのは間違いありません。選挙における浮動票みたいなもんです。
ネットの立場からすると、まずはこの中立層の人たちに、テレビがいかにくだらないかということを刷りこむ必要があります。
こうしてまずはネット派に取り込みます。
しかしこれだけでは自国の確固たる領土が増えて中立地帯が減っただけで、テレビ派の領土を減らせていません。
テレビ派の領土を減らすためにはさらに、テレビしか見ていない層を少なくともネットも利用する中立地帯まで引き込むための尖兵になってもらう必要があります。
ネットの素晴らしさ、テレビのダメなところを大声で宣伝してもらう必要があるのですが、難しいのはやはりネットを使っては意味がないというところです。それでは相変わらず自国民にしか届きませんから。
だからこそこの戦いは辛抱の千日手となってしまっているのですが、先を見据えてテレビしか見ない層にネットの楽しさをリアルで伝えてもらうために、ネット独自の素晴らしいコンテンツを保持する必要があります。
■しかるに今後の戦況は
こうして書いてみると、結局はテレビの方が不利なように感じます。
攻め手となるべき独自性の高いコンテンツというのはどちらかというとネットにあり、テレビで用意されたコンテンツはネットでも代替可能なものが多いです。(というか大概の場合ネットの方が便利)
しかも、前述の通りテレビのユーザー層の方が高齢なので、時が流れるとテレビ派の人間は勝手に退場していきます。そうすると相対的な戦力のバランスはますますネット側に傾き、テレビとしてはどんどん不利になっていきます。
だからこそ今、テレビとしてはこの膠着状態に甘んじている場合ではありません。
むしろネットよりも積極的に自らを生まれ変わらせ、独自性の高いコンテンツでネット派に食い込んでいく必要があります。