だいぶ前に読んだ記事ですが、自分の思考と嗜好にかなりハマっていたのでまだ覚えていたもの↓


選挙における世代間の格差を是正するための方法として、60歳以上の投票権を剥奪する、という案が謳われています。

私はこういう思考実験が大好きなのと、どちらかというとまだ若者側の人間なので、なんとかして我が国の「老人のための政治」を解決する方法を模索していたので、こちらの記事はズバッと刺さりました。

で、思ったのが60歳以上から剥奪しても意外と進展ないなあ、ということ。

「もし60歳以上が投票できないとしたら」、日本の有権者総数は6600万人になり、そのメディアンは40.36歳にまで若返ります。

それでも中心は40歳。
世代間の人口格差を考えると、「老人のための政治」が「オッサンのための政治」になる感じです。

なんとも香ばしい未来ではありませんか。

これではいかん、ということで日々この状況を打開する方法を考えていたのですが、ついに思いつきましたので、その妙案を披露したいと思います。

その名も「余命投票権」!

■余命投票権とは?


私の考えた、政治を若者中心にするための切り札が「余命投票権」です。

これは読んで字のごとく、現在の自分の余命から考えて投票権を付与しようというものです。

余命と言っても実際には正確なところはもちろんわからないので、平均寿命でいいと思います。

どう計算するかというと、現在自分の年齢が30歳だとします。

そして現在の男性の平均寿命がだいたい80歳だとすると、差し引きして50票を持つということです。

対して、例えばうちの父親はたぶん今年で66歳くらいなので、14票しか持っていません。

実に3倍近い発言権の差が生まれるわけです。

しかも、平均寿命は女性の方が6歳くらい高いようなので、必然的に女性の方が発言力が強まります。自然、女性の社会進出も進むことでしょう。

自分は男女平等主義者なので、いたずらに女性を優遇することには賛成できませんが、事実女性の方が長生きなのだからこの場合はしょうがないですね。


■余命投票権、その成果やいかに?


そんな余命投票権の導入で、世代間格差はどこまで解消されるのか。
実際に計算してみました。

世代ごとの有権者数のデータは、元記事から拝借してきました。
自分で探すのが面倒だったので。

それがこちら↓

【第45回総選挙における年齢別有権者数】
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なんと、過半数が50歳以上です。

若者の選挙離れが云々される昨今ですが、それ以前に絶対に勝てない勝負じゃないですか!

こんなの試合放棄が正解ですよ。むしろ若者賢い。


そんな気の毒な若者を救うために、いよいよ「余命投票権」を導入してみます。
その結果がこちら↓

【第45回総選挙における年齢別所持票数(余命版)】
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※計算上、全員を年代ごとの中央値である*5歳として、寿命は男女問わず80歳にしました。

驚くなかれ!
39歳以下で過半数を取ることに成功したではありませんか!

なんとも目覚ましい結果に筆者は感動しております。
これなら「若者のための政治」も夢ではありません。


■余命投票権で日本はどう変わる?


若者にとっては非常に良い結果となりました。

他方、発言権の弱くなる老人はどうでしょうか?

普通に考えたら、こんな状況黙っちゃいないですよね。

でもここまで世代間の格差がある以上、仕方がないのではないでしょうか?


たしか都市圏と地方圏でも票の格差が違憲状態である、という判決も出ていたと思いますし。

全国民に1票ずつ持たせることが、逆に平等性を失ってしまうのだとしたら、平等になるように所持票数を調整するしかありません。

そのための尺度としての「余命」という考え方はけっこう理にかなっている気がするのですが。

若者に有利になるというのは、あくまで現在からの相対的な尺度であって、実際にはこれで「平等」なのです。


仮にもし、

「そんなことになったら老人が若者に殺されてしまう!」

と思うような老人の方がいるとしたら、いったいあなたは今までどれほど若者を迫害してきたのか、と問いただしたくなります。

もし、あなたが今までも若者のために人生の先輩として尽力してきた自信があるのであれば、きっとあなたが育てた若者も大恩ある先輩たちをそんなに無下にはしないと思いますよ。


そして、若者中心の政治の一番いいところは、何より「未来」を見るようになることです。

現在の「老害のための政治」だと、よく「逃げ切り」という言葉が使われますが、そんな老人の逃げ切りのための「今」しか見ない、将来のことはどうでもいい、という近視眼的な政治体質から抜け出すことが出来ます。

逃げ切りを図るには若者の余命はまだまだ長すぎて、途中でばてちゃいますから。

それは、将来の自分のため。未来の子どものため。さらに意外と寿命が延びてうっかり長生きしてしまった将来の老人のためでもあります。


こんな夢物語、絶対にかなうことはないと思いながらも、あまりにナイスアイディア過ぎて書かずにはいられませんでした。

願わくば、ここまで極端でないにしろ、こうした思考実験を叩き台として「国民全員のための政治」が実現される日が来ることを切に願います。

実現できるとしたら @t_ishin さんだけだろうけど。この記事、読んでくれないかなあ。