私事ですが、最近結婚しました。

より正確には自らの結婚式を挙げました。

結婚式というものを挙げるのは初めてでしたが(あたりめーだ)、非常にお金がかかりますよね。

「よく人の幸せにつけ込む形でここまでお金を請求できるものだ。」と感心してしまうくらい、いちいち単価が高いので合計の請求額はそれこそ目が飛び出るような金額になる。

しかし、それを新郎新婦で全額負担するわけではない。

ゲストとして足を運んでくださる親族、友人、同僚の方々が、うれしいことにご祝儀という形でウン万円と包んでくださるので、負担はかなり抑えられる。

逆に言うと、新郎新婦としてはそのご祝儀に頼っている部分がかなりあるので、ここが想定外のことになるとかなりブルーを通り越してブラックな気分になる。


そして、私の会社から主賓として呼んだ上司にあたる役員の金額が驚くほど安かったので、まんまとブラックな気分になった。

本来ならば、社名と氏名を公表してやろうかと、喉まで出かかったのだが、そうするとかなりの確率で私の素性が特定されてしまうので、百歩譲って、なぜそんなことになるのか?おっさん役員の心理状態を探ってみることにしました。


■ケチな役員が作り出したご祝儀の逆進性


さて、問題の金額がいくらだったか?

いきなり公表してしまうが実に「3万円」です。

さ、さ、三万円?

思わず目を疑ってしまいました。

ちなみに私の周りの友人関係(東京)では、同僚や友人の結婚式に包むご祝儀の相場が3万円ということになっています。
相場というかそれ以外ない。

それに対し、私よりも年収は3倍近く高いであろう、役員の方の払ってくれたのが同じ3万円。

これはいったいどうしたことか?

しかも私はその方に乾杯の挨拶をお願いしていたので、その返礼として、お車代1万円を包んでいる。しかも引き出物は一般の列席者よりワンランクいいもの。

つまり、収支で見ると、友達と同等どころかそれ以下。

唯一、飲食代を差し引いて収支が完全に赤字になっているのが、この恥知らずの役員なのです。

給料の少ない友達でもがんばって3万円出してくれてるのに、その子たちからもらったお金で年収1000万円を超える役員をもてなしてあげるという。

図らずも、消費税に代表される逆進性というやつを実感してしまいました。 


■なんでそんなひどいことするのかな?


まあ文句ばっかり言っていても始まりません。覆水盆に返らず。後悔先に立たず。

なぜ、その役員がそれしか払わなかったのか、考えてみたいと思います。

元々、私は上司としてあまり尊敬していなかった、どころか人間としてやや見下してすらいた(しかも私だけではなくかなり全社的に)存在なので、くしくもその前評判を裏付ける結果となってしまいました。

考えた結果、もしかしたらと思うのですが、その方は「主賓」という肩書を真に受けているのではないか、という結論に至りました。


結婚式において一般的に「主賓」というのは読んで字のごとく「一番偉い」人になります。

で、その方にはわざわざご足労頂き、さらに多くの場合はスピーチなどをして頂くことが多いので、通例として「お車代」で返礼することになっています。

が、当然としてその前提は「主賓はご祝儀を多くくれる」というのが社会通念上当たり前になっております。


が、もしかすると件の役員は

「俺は偉いんだから皆より金銭的にも優遇されるべき」

とでも勘違いしているのではないかと疑っております。


もしそうだとすると、今の日本のおじさんの典型だなあ、と思ってしまいます。

■もしかして老人って加害者意識ない?


どういうことかと言いますと、残念ながら画像で見つけることはできなかったのですが、地域の病院に貼ってあったポスターに以下のような文言がありました。
老人男性がしゃべっている台詞で、

「年寄りいじめの政治は許さん!」

というものでした。

 php

※ちょっと違いますが、まあイメージはこんな感じ↑

これを初めて見たときは、開いた口がふさがらない気持ちでした。

いったい今までいつ、「年寄りいじめ」の政治が行われたのでしょうか?

基本的にはこの国はここ何十年と「若者いじめ」の政治を行ってきている、というのは広く一般に知られている共通見解だと思ったのですが。

このずれ、誤解を恐れず言うならば「老人の傲慢」が、今回の役員のご祝儀少額事件の根本にある気がするのです。


本来ならば、老人には老人の、高所得者には高所得者の権利と責任があるはずなのですが、一方的に権利のみを主張し、次の世代のことなどほとんど考えずに、自らの利益を最大化しようとする。

見た目だけでなく、中身も醜悪な老人が増えてきた気がしませんか?


■自分たちの作る未来は明るいというプライド


しかし、だからと言って日本の未来がお先真っ暗なのかというと、そこまで悲観はしていません。

なぜなら、老人はもうすぐ死に、我々現役世代が将来の老人になるからです。


ちなみにですが、私は20代にして管理職というポジションにいたので、部下(年上)の結婚式に呼ばれたときには、別に主賓ではなかったのですが、「5万円」を包みました。

それが上司として当然だと思ったからです。

さらに、私だけが太っ腹な上司(自慢)かと思い、同じく私より年齢は一つ下で管理職になっている後輩に聞いたら、当然のように「5万円」いつも出している、という答えが返ってきました。

これを聞いて安心しました。


サンプル数2という極めて少ないデータです。しかも単なる結婚式のご祝儀だけの問題です。

ですが、自分のことだけでなく他人のことまで考え、相応の責任を持って振る舞う、ということが出来ているのは事実だと思います。

そして、ここだけでなく、他の私の友人にも同じような価値観を持っている奴らがいるのを知っています。


今の日本は残念ながら、お世辞にも良い国とは言えません。

しかし、それは前述のような利己的なおっさんバブル世代が作ってきたのだから仕方ありません。

重要なのは、自分たちがされた嫌なことをさらに下の世代に押し付けずに、自分たちの時代で負の連鎖を断ち切ることです。

そうして、この国を上向きに変えていくことが出来るのです。

そして、その次にあたる世代はそうして自分たちが受けた良いこと、悪いことの中からまた良いことを受け継ぎ、悪いことを変える意志と力を持っているでしょう。

大衆というものを今すぐ変えることはできないでしょう。

できるのはただただ「自分が老害にならない」こと。

それだけを肝に銘じて、今日もブログを更新し続けます。