さて、花のゴールデンウィーク真っ最中に普通に仕事しているので、ブログを書くにも気分が乗りません。

なので、今日は前々から思っていた軽い暴論をぶち上げておこうかと思います。


■買い物難民を生んだ歴史に関する演説


私の父の時代、多くの人々が都心にあこがれ、マイホームにあこがれた。

そしてその野望を叶えるために、政府官公庁はニュータウンと呼ばれる巨大な団地群を東京の僻地に作ったのである。
 
その結果は諸君らが知っている通り団地ブームの終焉を迎えた、・・・それはいい!

しかしその結果ニュータウンは過疎化を迎え、ゴーストタウンと化し、周辺に展開したスーパーなどの小売店が次々と撤退する結果となった。

これが「買い物難民」を生んだ歴史である。
 

と、某赤い総帥の演説風にまとめてみましたが、まあ老人諸氏にとっては大変だろうなあ、と思うと同時に、ガイアの夜明けなどでスポットライトを浴びていた、そういった難民向けビジネスをやる人は立派だなあと思っていたのですが、

難民ってそんなに大変なんですかねえ?

というかホントに難民なんですかねえ?


■勝者Amazonに甘えればいいじゃない


先日、日経ビジネスの来日インタビューが話題になっていましたが、ジェフ・ベゾス率いるAmazonにかかってしまえば、腐っても東京都内の八王子であれば余裕でなんでも買えると思うんですが。

「顧客中心」と言い張る企業の“嘘”を教えよう
米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEOインタビュー

まあ老人なのでそういったインターネットショッピングとかよくわからん、という話かもしれませんが、ちょっと遠くのスーパーまで週に一回のろのろ一時間くらいかけて歩いていくことに比べたら、インターネットを勉強するほうがはるかに楽だと思うんですが。

そういった努力をしないで難民だ難民だ、と誰にともなく文句を言い続け、心優しい企業がターゲットにしてくれるのを待っているのが今の老人たちなんでしょうね。

ビジネスでやっているだけだから別に私には関係ありませんが、こんなことに税金投入とかされたら怒りますよ。


■土地に縛られることのリスク


ちきりん女史も以前触れていましたが、やはり土地に縛られた生き方をすること自体がリスキーなわけですよ。今の時代には。



※と思って読んでみたら、あんまりそんなこと書いてありませんでした。幻か。

衰退する可能性のある地に住むためには、買い物だけならまだしも医療機関が撤退することも考えなくてはなりません。

今、郊外に家を買うというのは、何十年後かまでその街が栄えているという可能性にBETしているということも忘れてはなりません。

そう考えると、逆にいつでも住み替えられる賃貸こそ郊外で、買うなら投資用マンションのように将来的な利便性なども含めて考えないと、難民に向けてまっしぐらという可能性もあります。

まあ、どこかで売り抜ける気持ちを持っていればいいわけなんですが。


ということで今日の結論。

買い物難民はいろいろと自業自得。

そうならないように、土地的にも精神的に自立した暮らしをしよう。